日本女子大学成瀬記念館 — 女子教育の原点をたどる記念館 —

成瀬記念館

基本情報

所在地
東京都文京区目白台2-8-1
(Google Map)
開館時間
10:00〜16:30(土曜日は12:00まで)
休館日
日・月曜日、祝休日、大学が定める休日、展示替え期間
入館料
無料
館内所要時間
5〜20分
最寄駅
東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」徒歩約9分、東京メトロ有楽町線「護国寺駅」徒歩約13分
電話番号
03-5981-3376
公式サイト
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目次

成瀬記念館とは?

成瀬記念館

成瀬記念館は、日本女子大学創立80周年を記念した事業の一環として建設された施設で、日本女子大学の歴史や創立者・成瀬仁蔵に関する資料を保存・展示しています。

建物は建築家・浦辺鎮太郎の設計により、1984年に日本女子大学目白キャンパス内に建設されました。赤煉瓦を用いたロマネスク風の外観は、設計者の「機縁の方々が、いつでも立ち返れる家」という想いが反映されたもので、訪れる人の心を落ち着かせる優雅な佇まいとなっています。

館内には、成瀬仁蔵ゆかりの品々が収蔵されており、不定期にテーマを変えた展示が行われています。

また、成瀬記念館の隣には、成瀬記念館分館(旧成瀬仁蔵住宅)も建てられています。

館内情報

成瀬記念館

館内は1階と2階に分かれており、展示の中心は2階にあります。

赤いカーペットが敷かれた温かみのある階段を上り、2階正面にある「光」を表現したステンドグラスへと向かうと、そこには記念室(瞑想室)が広がります。室内には、成瀬仁蔵の旧家にあったオルガンや書具など、ゆかりの品々が展示されています。

第1展示室では企画展示が行われており、テーマに応じて展示内容が変わります。

第2展示室では、成瀬仁蔵が生涯を通じて収集した蔵書の一部が展示されています。和書約500冊、洋書約1,900冊におよび、貴重な書籍も含まれています。

成瀬記念館分館

成瀬記念館分館

成瀬記念館分館は、1901年に教師用住宅の一つとして建設され、成瀬仁蔵が実際に居住していた建物を一般公開している施設です。

もともとはキャンパス北西側に建てられていましたが、現在の位置に移築され、分館として保存されています。

明治期の教師用住宅としては貴重な文化財であり、日本家屋を基調としながら、随所に西洋の建築手法が取り入れられている点が特徴です。

見学には公開日を確認のうえ予約が必要ですが、オープンキャンパスや学園祭の際には予約不要で見学することができます。

成瀬仁蔵とは

成瀬仁蔵は、日本女子大学の創設者であり、1858年に現在の山口県山口市に生まれました。宗教家・教育者・社会活動家として、幕末から大正期にかけて活躍した人物です。

明治期にはキリスト教の伝道者として活動し、アメリカ留学も経験しました。さらに、1878年には大阪梅花女学校の創立に参加し、女子教育の道を歩み始めます。

当時、日本には女子の高等教育機関がほとんど存在せず、「女性に高等教育は不要」と考えられていた時代でした。そのような中で成瀬の思想は先進的であり、大きな挑戦でもありました。

それでも志を同じくする協力者を集め、多くの困難を乗り越えて、1901年に日本女子大学校を創立しました。

こうした功績により、成瀬仁蔵は日本における女子教育の先駆者として、歴史にその名を残しています。

日本女子大学について

日本女子大学は、初代校長・成瀬仁蔵と創設委員長・大隈重信を中心に、1901年に創設された日本初の女子大学です。日本における女子高等教育の先駆けとして知られています。

現在では、私立女子大学で唯一理学部を有しており、文系・理系の枠を超えた教育環境の中で、自立した人材の育成を目指しています。

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周辺情報

池袋・雑司ヶ谷・目白エリアには、小さな美術館や歴史文化財が点在しています。

成瀬記念館とあわせて、雑司が谷旧宣教師館を訪れて明治の面影に触れ、目白庭園で静かな時間を過ごすなど、ゆったりとした一日を楽しむことができます。

そのほかにも、少し足を伸ばせば、古代オリエント博物館や豊島ふくろう・みみずく資料館といった個性的なミュージアムもあり、あわせて巡るのもおすすめです。

アクセス

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この記事を書いた人

小さな美術館を巡り、その記録を残しています。
世界を旅する中で、日本の美術館の魅力をあらためて見つめ直しました。
東京を中心に、日本の小さな美術館や文化施設を紹介しています。

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